nadagogo

灘五郷について

灘五郷の始まりと歴史

history

ここでは樽形煎餅の焼き印になっている灘五郷(なだごごう)についてご説明させていただきます。
灘では、江戸時代より酒処としてさかえ、魚崎郷、西郷、御影郷、西宮郷、今津郷からなる灘五郷(なだごごう)が「日本一の酒どころ」として受け継がれています。

灘五郷の始まりと歴史
最盛期には江戸で飲まれる8割の日本酒を供給

最盛期には江戸で飲まれる8割の日本酒を供給

最初に灘地区で酒造りが始まったのは、江戸時代初期に雑喉屋文右衛門(ざこうやぶんうえもん)が伊丹から西宮に移ってきたことがきっかけとされています。
江戸時代初期~中期にかけては、灘地区で酒造りが急速に広まり、多くの酒造が創業しました。
明和には上灘(神戸市東灘区)、下灘(神戸市中央区)、今津郷(西宮市)の三郷が、そして文政には上灘東組の魚崎、中組の御影、西組の新在家・大石の三組に分かれて灘の酒造りの中核を担っていました。
江戸時代後期にもなると、灘の酒造が江戸で飲まれる日本酒の8割を造っていたといわれています。

日本遺産に認定

日本遺産に認定

2020年6月、灘五郷は『「伊丹諸白」と「灘の生一本」下り酒が生んだ銘醸地、伊丹と灘五郷』として、伊丹市を中心に神戸市、西宮市、尼崎市、芦屋市の5市が文化庁から令和2年度の「日本遺産」に認定されました。
現代でも、全国に誇る酒処としてあり続けています。

自然が生んだ豊かな環境

environment

自然が生んだ豊かな環境
「下り酒」が江戸時代から人気に

「下り酒」が江戸時代から人気に

大阪湾・瀬戸内海に面した海上交通の重要拠点として、灘五郷では江戸時代より輸送手段としては船が主流でした。
そのなかでも「樽廻船(たるかいせん)」と呼ばれる船は、まだ冷蔵庫もない時代に日本酒を新鮮なまま迅速に輸送できるため重宝されていました。
また、この樽廻船では日本酒を杉の木で作られた樽に入れて運んでいたため、杉の香りがお酒に移って熟成され、「下り酒」として高評価を得ていたそうです。

最適な気候と土地

最適な気候と土地

灘区や灘五郷に使われる「灘」という漢字の意味は、航海が難しいほど風波が吹き荒れるという意味で、冬になると明石海峡を吹き抜ける西風と六甲おろしによる強い寒風が吹き荒れます。
そのような自然環境をうまく利用するために、灘五郷では「重ね蔵」という構造を採用していました。
冬は冷気を取り込んで低い温度を維持し、夏は温度の上昇を防ぐという良質な「寒造り」に欠かせない環境を作り上げ、気候を巧みに利用していたのです。

ミネラル豊富な湧き水

ミネラル豊富な湧き水

灘五郷で用いられる六甲山の湧き水「宮水(みやみず)」は鉄分が少なく、ミネラルが豊富。
酒米を発酵させるための酵母や麹の栄養分となるミネラルは日本酒醸造には欠かせません。
灘は、キレのある美味しくて良質な日本酒を生み出すのに非常に適したお水に恵まれた土地なのです。